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ヴィギャン·バイラバ

·タントラ 2days

in 広島・江田島

2026年
10月20日(火) 21日(水)

OSHOによる、ヴィギャン・バイラバ・タントラの講話は、1972年10月から1973年11月まで、1年以上の期間にわたって行われたもので、OSHOが112の技法を分かりやすく紹介してから50年ほどが経ちます。

今回、三人のファシリテーターが、これらの技法の入口へと案内してゆきます。
参加者はそれらの技法の中に深く入って行き、何が起こるか見てみましょう。

ファシリテーター  マジュヌ・ナロパ・ブーティ

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ヴィギャン·バイラバ·
タントラ 112の技法に
ついて 〜 0SH0

OSHOは112の技法について以下のように話をしています。

この講話の最初にOSHOはこう言います。

「デヴィは尋ねる、おおシヴァよ、あなたの実体はなんでしょう。彼はその質問に答えない。その代わり技法を与える。もしデヴィがその技法を通り抜ければ、きっとその答えはわかるだろう。だから彼の答えは遠回しで直接的なものではない。タントラでは、行うことが知ることであり、それ以外に“知ること”はない。あなたがなにかしないかぎり、違った見方を持たないかぎり、知性とは全く異なった次元に入り込まないかぎり、答えはない。」 
 

「タントラの諸本はすべて、シヴァとデヴィとの対話だ。デヴィが問い、シヴァが答える。すべてのタントラの諸本はその様な形式では始まる。
それは「より深い教えは、ふたりの間、すなわち弟子と師の間に、愛がなければ伝えられない」ということだ。

弟子には子宮的な受容性が必要だ。受け取ったものを、死んだ知識の寄せ集めとしてはいけない。内側で成長させて、自分の血、自分の骨とするのだ。身体の一部として、成長させるのだ。その成長が、受け取り手であるあなたを変容する。」

 
「シヴァは答える。彼の答えは技法だーーー最古の技法だ。だが最新のものともいえる。なぜなら、もうなにひとつ付け加えるものがないからだ。112の技法、それは完璧なものだ。マインドを掃除し、マインドを超越するあらゆる可能性、あらゆる道が包括されている。

自分に合った技法を一つ選んで、それに全エネルギーを注いでごらん。そうすればあなたはもはや同じではなくなる。本物の技法、真の技法とはそういうものだ。
もしなにかひかれるものがあったら、3日間それと遊んでごらん。もしそれが自分にふさわしいと感じたら、もし自分の中にピンとくるものがあったら、それを三か月間続けてみる。生は奇跡だ。」

料金・日時

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 日時

10月20日(火) 13 : 00 開始

10月21日(水) 16:00 終了

(終了時間は、多少前後する場合があります)

 参加費 10,000円

会場:

オハナヴィレッジ

広島県江田島市大柿町大原1393

※前泊、後泊をご希望の方は事前にお問い合わせください。

 

宿泊費食事込み
[1泊]6,500円

前泊・後泊各4000円

 持ってきて欲しいもの

・ゆったりとした楽な服装
・温度調節用のショールや羽織りなど

お申込み&お問合せ

 お申込み方法 

​Naropa(ナロパ)

[メール]

olive@e-mevlana.com

[電話]

090-9466-4518

お問合わせ 

​Naropa(ナロパ)

olive@e-mevlana.com

ミスティックライブ事務局

https://www.mystic-live.com/tantra-bless

ファシリテーター紹介

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マジュヌ (Majnu)

1970年代初頭から、沖ヨガ、禅、タントラ、瞑想の道を歩んできました。

1984年、OSHOの弟子となり、アメリカやインドの瞑想アシュラムで、思いっきり瞑想の洗礼を受けます。

1990年以降は、インドのOSHOコミューンやゴアを拠点に、瞑想の醍醐味を人々と分かち合ってきました。

2020年、コロナ禍による世界的な混乱の中、思いがけずバリでの暮らしがスタート。現在はインド、バリ、日本の3拠点を行き来しながら、タントラ・ブレスや瞑想のグループワーク、トレーニング、そして近年はバリの神秘的な(BALIAN)ヒーリングを人々にシェアしています。

※簡単なプロフィールを読む

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ナロパ (Naropa)

私がOSHOと出会ったのは、1970年代のPoona1が始まったころです。その時期OSHOのもとから全く動くことができず、ほとんどをリゾートでワークと瞑想で過ごしました。OSHOがアメリカに移った時は、六か月間は滞在ができましたが、後は東京のOSHOセンターで、瞑想リーダーと過ごしていました。

 

OSHOがアメリカを出て、ワールドツアーをしてインドに再び戻ったPoona2の時代は、再びPoonaを訪れワークと瞑想のため滞在して、OSHOがボディを離れた後も、長くリゾートに滞在して、世界中から瞑想をするために来る人たちのケアーをしていました。

 

その後、広島に移り、OSHOセンターを開き、瞑想活動をしていましたが、より広く色んな人たちに瞑想を知ってもらう機会を作ろうと、友人たちとNPO法人ワン・シードを立ち上げました。

​今は、瀬戸内海にある江田島に拠点を移し、自然の中で瞑想と生活を楽しんでいます。   

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ブーティ (Bhuti)

幼少期より生きることについての根本的な問いかけを持ち、大学生の頃にOshoに出会いました。以後、アメリカやインドのOshoインターナショナルコミューン(現OMR)でワークに携わりながら瞑想を続けてきました。


日本に帰国後はマーケットプレイスで瞑想を分かち合うかたちとしてNPO法人ワンシードを立ち上げ、仲間と共に主に教育分野へのマインドフルネスとハートフルネスの紹介活動をしています。
 

また、リーラやプラサード、アルヴィナより受け取ったサトルボディ・ヒーリング、エッセンシャルライフ・コンサルティング、エナジー・リーディングのセッションや、ハート瞑想のガイドをしています。

Copyright 2020-2026 Mystic Live, Majnu.

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